- もう一度、じっくり観たかった「最後の審判」
- 大塚国際美術館は、名画の入口になる場所
- 「最後の晩餐」を、修復前と修復後で見比べる贅沢
- モナ・リザの前で考えたこと
- 「本物ではない」ではなく、「本物へ向かう場所」
先月、四国へ4泊5日のドライブ旅行に出かけてきました。
その旅の中で、おさぴーがとても愉しみにしていた場所があります。
徳島県鳴門市にある
です。
ここは、世界中の名画を陶板で原寸大に再現している、ちょっと特別な美術館です。
「複製画でしょう?」と思われる方もあるかもしれません。
正直に言えば、おさぴーも最初は少しだけ、そう思っていました。
でも、実際に行ってみると、その考えはかなり変わりました。
本物ではありません。
けれど、だからこそできる鑑賞の仕方がある。
それを強く感じた一日でした。
もう一度、じっくり観たかった「最後の審判」
今回、おさぴーがいちばん楽しみにしていたのは、ミケランジェロの「最後の審判」でした。
ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂にある、あの大作です。

実は以前、現地で本物を観たことがあります。
ただ、その時は本当にわずかな時間でした。
人も多く、空気も張りつめていて、もちろん立ち止まって好きなだけ眺めていられるわけではありません。
「もっと観ていたいなぁ」
そんな思いを残したまま、その場を離れた記憶があります。
後ろ髪を引かれる、というのはああいうことを言うのでしょうね。髪の量はさておき、気持ちはしっかり引かれました。
その思いが、ずっと心のどこかに残っていました。
そして今回、大塚国際美術館で、その「最後の審判」と改めて向き合うことができたのです。
館内に入り、長いエスカレーターを上がっていくと、いきなり現れる大空間。
そこに広がっているのが、システィーナ・ホールです。
天井画と壁画が、空間ごと再現されています。
これは、なかなかの迫力です。

現地で観た時とは違い、ここではゆっくり眺めることができます。
解説を聴きながら、少し離れて見たり、近づいて見たり、角度を変えて見たり。
首が痛くなるくらい見上げていました。
本物の持つ、あの独特の空気感は、もちろん現地にしかありません。
けれど、時間に追われず、細部までじっくり観られるという意味では、ここにはここだけの大きな価値があります。
「なるほど。複製だから劣る、という話ではないのだな」
そう感じました。
大塚国際美術館は、名画の入口になる場所
館内には、世界中の名画が並んでいます。
地下3階から地上2階まで、鑑賞ルートは約4km。
美術館というより、名画の世界を歩く小さな旅のようです。
「あ、これは教科書で見たことがある」
「この絵、こんなに大きかったのか」
「この作品って、以前観たときとは印象が違って観えるね」
そんな発見が、次々に出てきます。
美術に詳しい人はもちろん楽しめます。
でも、それ以上に、これから美術に触れてみたい人にとって、とてもよい入口になる場所だと感じました。
特に、子どもたちにはぜひ見てほしいですね。
いきなりヨーロッパの美術館へ行くのは簡単ではありません。
でも、ここで世界の名画に出会って、
「いつか本物を観てみたい」
と思えたなら、それだけでも大きな体験です。
本物への扉を開く場所。
大塚国際美術館には、そんな役割があるように思いました。
「最後の晩餐」を、修復前と修復後で見比べる贅沢
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」も、とても印象に残りました。
おさぴーは以前、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院で、本物の「最後の晩餐」を観たことがあります。

ただ、こちらも鑑賞時間は限られていました。
貴重な作品ですから、当然といえば当然です。
でも、もっと観ていたい。
そう思っても、時間が来れば退出しなければなりません。
大塚国際美術館では、その「最後の晩餐」をゆっくり観ることができます。
しかも、うれしいことに、修復前と修復後の姿を見比べることができるのです。
これは本当に面白かった。


修復前のものは、かなり暗く、重たく、後世に塗り重ねられた感じがあります。
一方、修復後のものは、人物の表情や色調がずいぶん見やすくなっています。
「ああ、修復というのは、ただきれいにすることではなく、作品の声をもう一度聴こえるようにする作業なのだな」
そんなことを感じました。
本物の前では、緊張感があります。
でも、ここでは比較しながら、自分のペースで考えることができます。
これは、学びとしても、鑑賞としても、とてもありがたいことでした。
モナ・リザの前で考えたこと
そして、「最後の晩餐」のあとに出会ったのが、モナ・リザです。
おさぴーはルーブル美術館で、実物のモナ・リザを観ています。
ただ、ルーブルでは、とにかく人が多い。
絵を観に行ったのか、人の頭を観に行ったのか、わからなくなるくらいです。
大塚国際美術館のモナ・リザは、ルーブルで観た時よりも明るく、色もはっきりして見えました。

これは陶板再現であることや、展示照明の違いもあるのでしょうか。
本物とは違う見え方になるのは当然です。
でも、その違いがまた面白いのです。
「本物とは何か」
「複製には価値がないのか」
「作品をじっくり観るとはどういうことか」
そんなことを考えさせられました。
本物には、本物だけの存在感があります。
これはもう、理屈ではありません。
でも、複製だからこそ、近づけることもある。タッチも出来るんですよ (笑)。
時間をかけて見られることもある。
比較しながら学べることもある。
大塚国際美術館は、そのことを教えてくれる場所でした。
「本物ではない」ではなく、「本物へ向かう場所」
陶板の名画には、油絵の絵肌や、現地の空気まではありません。
それは当然です。
でも、だからといって価値が低いわけではありません。
むしろ、世界中に散らばる名画を一カ所で観られること。
原寸大で、その大きさを体感できること。
時間を気にせず、何度も戻って観られること。
写真も取り放題、さわってもOK。
これは、ものすごい贅沢です。
おさぴーは6時間ほど館内を歩きました。
それでも、まだ足りないくらいでした。
大塚国際美術館は、名画のゴールではありません。
むしろ、名画への入口です。
ここで出会って、興味を持つ。
そして、いつか本物に会いに行く。
そんな旅の始まりになる場所だと思います。
四国の旅の目玉として訪れた大塚国際美術館。
思っていた以上に、心に残る時間になりました。
「複製画の美術館でしょ?」
そう思っている方ほど、一度行ってみるといいかもしれません。
たぶん、帰るころには少し考えが変わっていると思います。
そして、世界のどこかにある本物の名画に、いつか会いに行きたくなるはずです。